ヒゲニートへの道 p.46
退職前後で大きく解釈が変わった事
それは
「自分は皆から愛され、必要とされていた」
という認識だ
他人の考えている事は、どうやっても知る事は出来ない
なのでここで重要なのは、そう私が“解釈”したという事
この解釈は
完璧主義で他人に迷惑をかけるのは良くない、そして他人に頼るのは自立ではない。という思想に寄っていた自分にとって、非常に受け入れるのが難しい解釈だ
なぜそのような価値観になったかは分からないが、自立=1人で何でも出来るようになる事とずっと思ってきたし、自分の事を良く思っている人なんて一部だけだろう、と子供の頃は穿った見方をしていた
「あー自分愛されてるなぁ」
なんて思ったのは初めてだ
そう感じたのにはいくつか理由があり、1つは物理的な理由
全社に退職の旨をオープンしてからは、本当に沢山の方に温かいお言葉を頂いた
わざわざ電話を頂いた方も、お会いした事ないのにメールを頂いた方も、沢山いた
そして本当に沢山飲みにお誘い頂き
当時の統括に「こんなに沢山飲み会を開いてもらえるのは、先日退職された社長くらいだぞ」と冗談を言われ
実際に有給消化に入ってからは、オフィスから1時間以上かかる彼女宅にしばらく住んでいたものの…ほぼ毎日オフィス近くまで出て、まるで夕方通勤に変わっただけかのようだった
温かいお言葉と沢山の飲み会、本当にありがたい限りだった
そしてもう1つの理由は、自分が思っていた以上に多くの方へ感謝の想いを伝えたい気持ちが強かった事だ
特にそれを感じたのは、退職時のご挨拶メールを考える時、そして特にお世話になった方々へお渡しする物選びの時だ
メールに関しては、キリがないので深く関わった方だけにしようと思ったものの
関わった方があまりに多く、結局人事データから関わりのある全部署のリストを1人ずる確認して、宛先リストを作った
そうした理由は、自分の記憶に頼って万が一「え、この人に送ってない!?」と漏れるのが嫌だったからだ
大組織のため、正直、かなり骨の折れる作業だったが、自分でも驚くほど「挨拶メールは絶対に漏れなく送りたい」という思いがあったようだ
上手く言葉には出来ないが、退職直前で深い感謝の気持ちと、伝えたい人全員にきちんと伝えてから退職したいという思いが強くあった
1人ずつ名前をピックアップしたしか、メール文も気持ちが入ってしまい、1つ1つ文章を作るのにとても時間がかかった
普段、目上の方にも「お疲れ様です」すら付けず、「そうです」など超効率主義なメールを打っている自分と同一人物とは、思えなかった
そしてお渡しする物を選ぶ時も、同様だった
買い物すら面倒で、普段あまり店をプラプラする事もない私には考えられないほど、時間を掛けて店を回ったのだ