ヒゲニートのギリホリ奮闘記

ヒゲニートのギリホリ奮闘記

30歳が突然脱サラしてヒゲニートになり、年齢ギリギリでワーホリに挑戦するログ

ヒゲニートへの道

ヒゲニートへの道 p.20

スリランカ滞在中は、毎日メンバー間での話し合いがあり 人それぞれ意見が異なっても、それぞれの想いを自分の言葉で共有する、素晴らしい場だった 意見・思考そのものに貴賤はない 違いは排除するものではない ただそれらに 利権が関わったり、力関係が生じ…

ヒゲニートへの道 p.19

何も知らない私は 「ボランティア」と聞くと、身体を動かして彼らの助けになる という単純なイメージを持っていた しかし実際のNGOが常に向き合っていた課題は いかに自立を促すか という事だ そもそも自立できない程の経済力や環境であるから、支援を必要と…

ヒゲニートへの道 p.18

現実問題として、組織や利害関係があるため、実際にボランティアや支援をするという事は 私が勝手にイメージしていた 「身体を動かして現地の助けをする!」という単純なものではなかった それどころか おもてなしをされ いろいろとご馳走になり でも彼らは…

ヒゲニートへの道 p.17

いわゆる、学校を作ったり、井戸を掘ったり もしくは、日本で言えば災害地での手伝いをしたり ネパールの友人Keiのように、長く住み込んで根本的に村の在り方に関わる方法もあるかもしれない 私の「ボランティア」に関するイメージは 身体を動かしてその人た…

ヒゲニートへの道 p.16

ネパールを一度経験している事もあり スリランカの空港、街並み、車の往来、人の感じ… 特に驚きはなかった インドに近い国でカレー文化、そして経済的には決して高い水準にはない 共通項が多かったせいもあるかもしれない メンバーの中には クラクションや無…

ヒゲニートへの道 p.15

一度事前説明会で集合していたのと スリランカで村訪問した際に、日本らしい事を披露する というミッションがあり、ダンスを嗜むメンバーが振付を考え それをシェアして各自覚えてこよう なんてやり取りも沢山していたので いやーみんな久しぶり!いよいよだ…

ヒゲニートへの道 p.14

組合母体は、様々な企業の組合が連合している組織 そのため、派遣者の事前説明会にはいろいろな人がいた 同じチームに同じ会社の人は1人もおらず サッカーで何度もお世話になったスポーツメーカーから よく行く牛丼屋 自分には縁のないパチンコ MRに、パート…

ヒゲニートへの道 p.13

前職はさすが大企業とも言うべきか、本社にいた事も幸いして 組合が大組織であり、精力的にいろいろな活動を行なっていた 中でもアジアの途上国を支援するNGOと連携し、ボランティア活動を行なっているという情報が目に付いた 組合費ってこんな事にも使われ…

ヒゲニートへの道 p.12

ネパールで、初めてだらけの衝撃的な価値観と出逢い そして今までにない長時間、自分や世界について、考えてみた 帰国し、また毎日仕事に行く生活へ戻る 何かが変わったわけではないけれど 「幸せ」とか「人生」について、ちょっと真面目に考えてみっか と思…

ヒゲニートへの道 p.11

初めて出逢った 言葉も通じない 子供たちと外国人の冒険は、数時間に及んだ 子供たちが代わる代わる手を引き たまにその辺の植物を食べさせてくれたり さすがに 目の前でむしり取った、何か分からない植物を食べるのは気が引けた… それを察したのか、心配そ…

ヒゲニートへの道 p.10

子供たちに連れられ、ここがどこかも分からないまま、山頂らしい所まで来た。 写真を撮ったり、彼らが躍るムービーを撮ったり とにかく オレに! アタシに! 構って構って!! と彼らは大忙しだ なんて自分の感情に素直なのだろう 自分が小さい頃は、周りの…

ヒゲニートへの道 p.8

ネパール人を通して自分を見ていた、村ホームステイの夜 ゆっくりと流れる時間 灯りも音もない寝室 きっと、この状況だと誰しもが 何かを考えたり、物思いに耽ったりするのかもしれない そんな風に思うほど、静かでおだやかな空間 昔からいろいろと考えてい…

ヒゲニートへの道 p.7

無条件の愛って、なんだろう なぜそういう価値観になるのだろう それは、彼ら家族同士の会話、私への接し方を見ていれば 言葉が分からなくても、理解できた あー自分自身を、自分の家族を 彼らは無条件に大好きなんだ それと同じように、隣人にも もちろん初…

ヒゲニートへの道 p.6

村でゆっくり流れる時間 この人達はきっと、このスピードが当たり前なのだろう 物事は解釈によって、実は大きく世界が変わる これは何となく感じていた事だが まさか時間までもが、解釈1つでこんなにも変わってしまうのか 時間に追われる 暇 っていう概念す…

ヒゲニートへの道 p.5

村について、現地の人達との絡みもそこそこに Keiは我々を1人ずつ、別の家へ連れて行った ネパール語どころか英語すら話せない状況 話もまともに通じない人たちの家に、たった1人で一泊する 私の家は、スニタ・ディディという、とりわけ元気なお母さんに ま…

ヒゲニートへの道 p.4

タクシーの運ちゃんとどんな話をしたのかは、正直覚えていない だが、受けた印象だけは覚えている このおっちゃん、めっちゃ話しかけてくる! 英語もろくに話せない我々に対し 同じく決して上手くはない英語で ひたすら話しかけてくる 時折知っている日本語…

ヒゲニートへの道 p.3

かくして、私含めた高校の友人3名+そのうち1人の会社の同期 という謎過ぎるメンバーでネパールへ行く事に ちょうど今から3年前だ 結婚後半年くらいで、関係は悪化するばかりの時期だったように思う とはいえ毎日仕事に行き、別居状態だったため、生活自体は…

ヒゲニートへの道 p.2

藤沢の王将で聞いた「コーチング」 友人のKeiが、協力隊とは別で勉強しながらやっているという この時は、「ふーんそんなのがあるんか」位にしか思わなかった 聞いただけだとよく分からないし、なんか胡散臭いと思ったが Keiが勉強してるというので、変なも…

ヒゲニートへの道 p.1

「コーチング」という言葉を初めて聞いたのは 恐らく5年ほど前だったと思う 場所は藤沢駅前の王将 ネパールに青年海外協力隊として滞在している友人のKeiが帰国するというので Keiと同じく、高校の友人Kenichiと王将で飯食おう。みたいな話になったのだと思…

ヒゲニートへの道 p.0

銀行員の両親の元に生まれ 小学校低学年では全員抜きをやってのけるも、高校まで特に芽が出るわけでもなく、たまにチームで活躍する程度にサッカーをやってきた 中学の時はオールを5を取った事もあるが、学年では何十位くらいの成績 高校も学区内で2位の公立…